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M/M小説 (原書)レビューブログ

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Whisper
Goodreads-icon.pngTal Bauer
whisper.jpg★★★ summary:
2001年、9月11日。
CIAの若き情報分析官であるKrisは、ツインタワーに飛行機がつっこむのを見ていた。炎上したビルから、人々が飛び降りていくのを見ていた。
彼はその飛行機をハイジャックした人間たちの名前を知っていた。危険人物としてチェックしていた名だった。なのに止められなかった。

アラブの危険を甘く見ていたのは上層部だ。だがKrisは自責の念に苦しみ、ビン・ラディン狩りに編成された部隊にくわわってアフガニスタンへ赴任する。
いつ終わるかもわからない旅の、それが始まり。

Krisの態度と不屈だが生意気な物言いは敵をも多く作ってしまう。
そんな中、衛生兵として部隊に同行したDavidだけは影のように彼に寄り添い、守ろうとしてくれた。
リビアからの亡命者であるDavidは、子供の頃にイスラム教を信仰してきた。そんな彼が今度はイスラムの狂信者を狩る側に回る。
正義を求めてアフガニスタンへ来たKrisも、暴走していくアメリカの政治に翻弄される。恐怖が血を呼び、血が憎しみを呼び、互いの憎しみが戦いと死体を作り出す中、2人には互いだけが光だった。
.....



重い。重いぞ。
あらすじからわかっていたのの数倍は重い。
世界にはなんの救いもないのか、もう始まってしまった憎しみの連鎖は止められないのか、という気持ちになることいくたびか。
人間て、人間の理想って無力だ…なんていう気持ちにもなります。ニーチェは言った。「怪物を追うときは自分も怪物とならないよう心せよ」と。だが憎しみばかりがあふれる世界で、その憎しみを鏡写しのように増幅させないのはとても難しい。

そんな中、Krisの正義感や「くそくらえ」的態度には救われます。彼は別にCIAに入りたかったわけでもなく、その語学の才能とアラブの言葉や方言に通じている知能を買われてスカウトされた。そして若くしてアフガニスタンに、過大な責任を負わされて赴任する。彼を見下すマッチョな兵士たちに囲まれて。
CIAでもゲイであることを隠そうとせず、おしゃれな格好でアイライナーを引き、髪を逆立てて働いていた彼は、人から白い目を向けられ続けたせいなのか、「異文化を理解する」ことに貪欲だし、長けている。アフガニスタンの有力者をさっさと金や権力で買おうとするCIAの上司をいさめ、ゆっくりと文化的な交流を経て相手への尊敬を見せ、友誼を勝ち取る。
そんなKrisの価値を認めているのは、衛生兵のDavidだけのようにみえます。
まあ正直Krisの小生意気さには「なんだこいつ」って思うところもあったりしたんですが、取り巻く状況が過酷すぎて、もう途中からは読みながら彼の意地と気骨に拍手を送りたい気持ち。

Davidは根無し草。10歳の時にリビアからアメリカに亡命し、アラブにルーツがありながら今はイスラム教を信仰してもいない。
自分が何者なのか、Davidにとってそれはいつもグレーの領域。いわば、人に決められてきたものです。
そんな彼にとって、自分自身をいつわらず堂々としているKrisはとてもまぶしい存在だった。いつしかKrisを守ることが彼にとって生きがいになっていく。

2人はそれはもう激しい恋に落ちるんですが、この恋が純粋であればあるだけ先の展開がしんどい。
Krisがどれだけ捕虜から情報をうまく聞き出そうと、アメリカ本国は「手ぬるいんじゃないか」「もっと何かあるんじゃないか」「たしかめるために拷問しよう」とくるし、もはや政治家たちは恐怖につき動かされている。
敵を止めなければならない。敵を殺さなければならない。敵とみなしたものは殲滅せねばならない。
物語全体からその恐怖がたちのぼってきます。アメリカ側の恐怖だけではない。イスラム圏の人々の、頭上をドローンが飛び回り爆撃してくる恐怖、殺されまいと、奪われまいとして「聖戦」へと走る若者の恐怖。その連鎖の恐ろしさ。
そんな泥沼の中、Krisはより有力な情報を求めようとして、大きな判断ミスをしてしまう。

いやーもう駄目かと思った。あれだけ読んでアンハッピーエンドだったら耐えられる気がしなかったわほんと。Krisかわいそすぎるだろうー!

世界が地獄のようだからこそ、2人の燃え上がるような恋がいじらしい。
しかしその恋でも太刀打ちできない運命があるのです。彼らが生きているのはそんな世界。

こういう対テロ話にありがちにただ敵を「狂信者のテロリスト」として片付けるだけでなく、イスラム教についてきちんと描かれています。そういう意味でもDavidという、イスラム教をかつて信仰し、今でも心にその教えが残っているキャラクターの存在が際立つ。テロリストの教義を弁護するのではなく、そもそもテロの教義はイスラムの教義そのものではないということを、じっくりと描いていきます。
作者はこの話を書いた後「イスラム教信者なんですか?」という質問を随分もらったそうで(違うとのこと)、それくらいきちんと誠実に書き込まれている。
9.11が世界に与えたインパクト、その波紋が生んだ断絶。そしてその断絶は、相互理解をきっとほとんど不可能にしてしまった。そこに橋をかける日が、いつか来るのか。
傷ついたDavidを我が子のように庇護したイスラム教の男、Davidを尊敬し「ジハードは心で戦うもの」という教えを守ろうとする子供、ゲイを受け入れる進歩的なモスクの人々。そんな希望の種も物語の中にかいま見えます。

一方でキリスト教の存在がほぼ描かれなかったのは少しアンバランスにも感じたけれど、物語の構造として、宗教対決にしたくなかったのかなと。

物語は、2001年から「現在」、おそらくこの小説が出た2018年までの、じつに17年間続く。
そしてきっとそこで終わりではない。自分の怒りを、恐怖を、憎しみをもって何をするか、どう向き合うか、それはこの先へ向けて問いかけられているのだと思う。そんな波紋の一石のような読書でした。

読後感は、重いですけども、ロマンスとして救いのない終わり方ではないのでそこは大丈夫。9.11を真正面から描き切った社会派M/Mロマンスです。
長さも語彙もちょっと歯ごたえありますが、読みごたえもありますので、是非冬の夜長のおともにどうぞ。

★対テロ部隊
★秘密作戦












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