Slash×Slash

Slash(m/m小説) レビューブログ

※万人向けの内容ではないのでご注意ください
→このブログについて

[カテゴリ]英語 の記事一覧

ちょっとご無沙汰してます。春風邪引きました。(今年の春風邪はしつこいのでお気を付けて……!)
モノクローム・ロマンス文庫の方でもちょこちょこ動きがありまして、しばらくしたらお知らせできると思うのでお待ち下さい。
レビューもねっ!いやあ最近読んだ中ではEden WintersさんのDiversionのシリーズが飛び抜けて面白かったです。


ところで、「どのくらい英単語を知っていれば原書読めるか」というようなご質問をいただきまして、自分なりの考えですが、答えをまとめてみました。「原書読みたいけど、ちょっとね」という人も結構いるのではないかと思うので、私個人の考えですが、よければ参考にしていただければ幸いです。

・原書を読む際の英語力、単語力

これは「なくてもいい」と断言します。何故なら私がなかったから。(ムーミンで挫折したことのある人間ですので)。私が原書読み出した時の英語力なんてひどいもんです。
それに、単語帳的にたくさんの英語を覚えていても、それを使って「本を読める」かどうかはちょっと怪しいんですよね。英語→日本語、という対訳で覚えるだけでは英語の小説は読めないので、単語だけを覚えるぐらいなら小説読んで実地に感覚を身に付けた方がはるかに有益だと思います。(読書にはね。テストとかの英語力はまた別問題)

・単語知らなかったら読めないのでは?

最初は大半、読めないですね。でも英語というのは特殊なもので、誰でも学校で「読み方」は習ってきてます。そんなに詳しい読み方知らないよ!と言うかもしれませんが、最初にあるのが主語だとか、次には動詞が来るとか、動詞は現在形と過去形と過去分詞の三つに活用するとか、そんな基本を知っています。(ほかの外国語で、それすら知らない言葉がほとんどだということを思えば、「英語」にどれだけアドバンテージがあるかはわかるでしょう。学校英語も完全な無駄ってわけじゃないのです)
だから「英語がどうも」という人でも、キャラが動いてしゃべっているセリフなんかを見れば「何となく」の雰囲気はわかるんです。それを「読む」とは言えないかもしれませんが、私は最初のうちそうやって物凄い大まかに読んでました。

・読めるようになる?

読んでれば必ず読めるようになります。それまで気持ちを入れて読み続けられるかどうかがポイントです。スタート地点にもよりますが、それなりにでも読めた!と思うまでに1年はかかると思います。
「英語の小説を読む」のに必要なのは、英語力よりも「小説を読み続ける根性と萌え」だと思う。
だから、「好きな本」を読んで下さい。「自分のレベルに合いそうだから」と興味のない本から読む、というのはあまりオススメできません(そこで挫折しない人ならいいんですよ)。


そんなわけで私の答えは、「英語力は気にしなくてもいいから、読みたいと思った時が始め時」です。
おもしろいところだけつまんで読んでもいいし、英語が好きになれば、あらためて単語の勉強したっていい。自分で読むだけだから、どんな勘違いしてたってどれだけはしょって読んでたって構わないわけですよ。だから、読んで、自分なりに楽しむのが一番いいと思います。
原書はおもしろいよ!

RockBetweenTheLines.jpg
ロックの英詞を読む ―Rock Between The Lines
ピーター・バラカン


ある程度英語の文章が読めるようになってくると、次に当たる壁が「ニュアンス」ではないかと思います。どんな感じで言っているのか、その言い回しが軽いのか深刻なのか、意味がわかっても「響き」に悩んだり。
さて、そんな人におすすめの一冊がコレ!

ピーター・バラカンさんが古今のロックの名曲の詞を解説してくれる、という嬉しい一冊。何しろネイティブ。そしてロックに詳しい。しかも日本語上手。
曲はImagineとか、ホテル・カリフォルニア(私はこの本で初めて歌詞ちゃんとみましたが、怖いな…)とか、ボブ・ディランの「風に吹かれて」とか。
何せネイティブなので、「この単語はリズムを整えるために入れてあるだけで意味はない」とか、「ここは複数の意味がかかってて受け取る人の自由だけどぼくはこんな感じに解釈する」とか、解説がのびやかなんですね。そののびやかさがこの本の持ち味で、「英語は色々解釈できるんだな」ということが段々とわかってくるのもいいところ。
特に歌の歌詞なんて、日本語の歌だって人によって解釈が分かれますよね。英語でも勿論、受け取る人次第なんだよ!というところをちゃんと残しつつ、きちんと彼自身のフィーリングで解説してくれます。言い回しを訳すだけでなく、その言葉が何を示唆しているのか(いる可能性があるか)までを示してくれるのが凄くいいですね。
当時、曲を聞いた時には時代背景と合わせてこう思ったとか、そういう枝葉の部分も楽しい。

中から例を出すと、ボブ・ディランの「Blowin' In The Wind」(風に吹かれて)のところでは、中学生の時にボブ・ディランを聞いたけど言葉は分かるけど意味がわからないことが色々あって、とか書いてある。社会背景を含まないと理解できない、そういうものが多かったのだと。
そして「The answer is blowin' in the wind」を、「答えは風の中に漂っている」と訳し(普通は風に吹かれている、と訳される)「舞っている、ゆらめいている」というニュアンスの方が近いと思う、と解説してくれます。

この本のいいところは、バラカンさんの書き方によるものだと思うけど、訳は「彼のフィーリング」であるということがはっきり伝わってくるところ。「正解」ではなくて、「バラカンさんの感じた歌詞訳」だというのがわかる。
対訳のついた本と言うのは、いかにも「正解訳」のような顔をしていることが多いのだけれど、そうではなく、考える幅を残した、どこか英語の揺らぎを残した訳になっているところが素晴らしいと思うのです。何しろ、英語と日本語は一対一ではないので、「絶対的な正解」は存在しない。そこをきちんと踏まえて読める良書だと思います。


今年はご無沙汰している間にいくらか英語の参考書とかも読んだので、ぼちぼちと、多少出していければなーと思います。
ついでのお知らせですが、近ごろ割とまめにtwitterやってるので、興味のある方はプロフィールからどうぞ。多少読書日記的なことも呟いてますが、プライベートとごたまぜなのでそのへんはよろしく。

韻は、「rhyme(ライム)」と言われます。頭を合わせる頭韻とか最後を合わせる脚韻などがありますね。
ちなみにだじゃれは「pun」。アメリカ人はpun好きだよね…それ親父ギャグとどう違うの、といつもちょっとたじろぐのですが、もしかしたらrhymeの長い伝統があるから、音合わせが好きな文化なのかもしれません(←でまかせだけど、一理あるんじゃないかと思う)

さて、シェイクスピアのrhyme。今回も「マクベス」から引いていきます。マクベスしか習ってないからね。。
マクベスには、三人の魔女が出てきます。この魔女がマクベスに「お前はいずれ王になるが、バンクォーの息子とその血統が王位を受け継いでく」(バンクォーは仲間)と予言したことから、マクベスの運命が狂っていくのです。
この魔女たちは、出てくるたびに「きれいは汚い、汚いはきれい」など謎かけのようなセリフをまきちらすのですが、彼らのセリフは何と、すべてrhymeで作られています。
劇の冒頭、一番最初のセリフは魔女からですが、それからしてコレ。

When shall we three meet again   
In thunder, lightning, or in rain?

(我ら三人、またいつ再会なるか。雷の中、稲妻の内、雨の下?)

文末を見ると、「again」と「rain」で韻になっているのがわかります。
魔女のセリフはすべて、こうして二行ずつのrhymeになっているのです。(二行のrhyme・一行休憩・またrhyme…という変則もあり)

「きれいは汚い、汚いはきれい」のセリフも、

Fair is foul, and foul is fair
Hover through the fog and filthy air


と二行で脚韻になっています。その上で、「fair」と「foul」が「きれい」と「汚い」と意味が正反対の言葉の取り合わせにもかかわらず「f」の発音で頭韻を踏むrhymeになっている、というおもしろさも加わっています。
★fairとfoulの訳し方は色々あって、先人の苦労がしのばれます…

大釜にトカゲの目玉だの犬の舌だの色々入れて煮込むシーンも。

Fillet of a fenny snake,
In the cauldron boil and bake;
Eye of newt and toe of frog,
Wool of bat and tongue of dog,

Adder's fork and blind-worm's sting,
Lizard's leg and howlet's wing,
For a charm of powerful trouble,
Like a hell-broth boil and bubble.


意味はともかく、文末を見て下さい。二行ずつ見事に対になっています。こんなのがもっとずーっと続いていきます。長ゼリフだけど凄いので、よかったら検索して見て下さい。(上に書いた一行をぐぐれば出てくると思うので)
つまり、彼らのセリフはすべてrhymeであるために、英語で言うと謎めいた呪文のように響き、「通常の人ではない」感も高まっています。内容よりも響きが大事なセリフなんですね。

さらに、シェイクスピアが「弱強5歩格」という「弱→強」のリズムを使っていたことは前の記事で書きましたが、このシーンは実は逆になっています。
釜でぐつぐつとあやしげな秘薬を煮立てる魔女たちのセリフは、rhymeである上に、「強→弱」と強が先にきています。
こんな感じに。

Fillet of a fenny snake,
In the cauldron boil and bake;


マクベスは英語上演を見る機会をいただいたのですが、このへんは耳で聞くと、本当に呪文のようなんですよ。
特に "In the cauldron boil and bake" は何度もくり返される不気味なセリフで、boilとbakeも頭韻になっており、独特の雰囲気があります。
ちなみにrhymeは魔女の専売特許と言うわけでもなく、シーンが変わるところの最後のセリフは必ずrhymeになっています。そうすることで「ここでシーンが変わるよ」と観客にお知らせしているらしいです。二幕のマクベスの退場シーンも、最後の二行が

Hear it not, Duncan; for it is a knell
That summons thee to heaven or to hell.

(聞くな、ダンカン、この音はお前を天国へと誘う鐘の音。あるいは地獄へと)

と、マクベスのセリフなのに行末にrhymeがあります。

さて、魔女たちの呪文のように、文頭が強い「強→弱」のリズムを駆使しているのが、「マザーグース」。
「ハンプティダンプティ」をあげてみましょう。
まず「Humpty Dumpty 」と名前からして頭が強い(その上名前自体がrhyme)。

Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.

   
これ全部頭の出だしが強くて、あとはリズムになっているのですが、見ればわかるように、「wall」「fall」、「men」「again」と語尾でrhymeにもなっています(二番、三番も同様です)。マザーグースってそういうもんなわけです。
YouTubeで「Humpty Dumpty」で検索すると歌や朗読が出てきますので、強弱の感じがよくわかりますよー。このへんとかこの歌とかおもしろいです。

ちなみに、ハンプティダンプティのオリジナルだと言われているものでは後ろの二行が違っていて、
Threescore men and threescore more,

Cannot place Humpty dumpty as he was before.

となっていますが、やはり「more」と「before」がrhymeです。
そもそも、童謡や、特にマザーグースのことを「Nursery rhyme」と言いますので、もう前提からしてrhymeばりばりですね。マザーグースの朗読でも買おうかな…

スラでも、「Adrien English」シリーズの1の「Fatal Shadows」では、主人公のAdrienに謎めいた手紙が送られてきました。これはシェイクスピアと同年代の作家の書いた戯曲からの抜粋ですが、これもまた、よく見ると文末がrhymeになっているんですね。

Man is his own star; and the soul that can
Render an honest and a perfect man
Commands all light, all influence, all fate.
Nothing to him falls early, or too late.
Our acts our angels are, or good or ill, 
Our fatal shadows that walk by us still.


rhymeは今でもしばしば、新聞のタイトルなどにもよく見られます。英語は、日本語より音の響きに対して敏感なのではないかという印象があります。
小説を読んでて、何だか「おもしろいことを言った雰囲気」なんだけどわからない!という時は、実はrhymeになってないか、駄洒落のpunになっていないかどうか、「音」をチェックするのもおすすめです。とか言っておいてなんだけど、苦手なんだよねえ…

ルイス・キャロルの詩なんかも、日本語で読むと難解ですが、原文で見るとrhymeで構成されていたりして、「何のことはない、そーいうもんだったんだ」と腑に落ちたりします。
読んで意味がわかる、というだけではなく、見て音を楽しむという面も英語にはあるんですね。ポップスの歌詞なんかもさりげにrhymeになってたりします。なかなかすぐには呑み込めませんが、とにかくそういうものが「ある」と覚えておくと、楽しいことがあるかもしれません。

★次からはまた、スラレビューに戻るよ!

「勉強しないで読む」を続けてきましたが、今年はちょっと力を入れて英語の勉強をしてみています。そんなわけで、今月は、シェイクスピアの読み方をさわりだけ教わってみました。シェイクスピアに興味があったわけではないが、引用されてることもよくあるので読み方だけでも抑えられればと。
そしたら意外に(失礼)おもしろかった! 特に目からウロコだったのが「声に出して読む英語」です。
シェイクスピアは劇なので、当然、「声に出して読む」ことを前提にされて作られており、そこを読み解かないとよくわからないのですよ。(学生時代、訳本を読んでも全然おもしろさがわからなかったのですが、それでか!)
私の英語は読書だけなので、「発音」の方はとても弱いんだけど(読み方間違えて覚えてる単語とか絶対いっぱいあるし)、できたらそのあたりも意識していきたいなーと痛感した次第。

前置きはともかく、教わってきた「シェイクスピアの読み方」。
忘れないうちに記事にしてみるとします。(まちがってるところがあったら誰か教えてね!)
これを知って読むと、シェイクスピアってなかなかに凄いんだ、と実感できます。何故シェイクスピアだけがかくも愛されるのか、その理由の一端も「音」にあるのではないでしょうか。

シェイクスピアが使っていた音の手法は「弱強5歩格」(iambic pentameter)と言われ、これは何かと言うと、「弱→強→弱→強→弱→強→弱→強→弱→強」と、「弱→強」の音のつながりが5回くり返されて一行を為しているというもの。シェイクスピアの戯曲は(詩も)、ほぼこの手法を駆使して書かれています。たまに最後が「強」ではなく「弱」で終わったり、逆に「強→弱」といくこともありますが、それはシーンに合わせてシェイクスピアがアレンジを行っているからで、うっかりではないです。
この「弱強5歩格」のため、シェイクスピアの言葉はとてもリズムがいい。

たとえば、「マクベスは眠りを殺したのだ」の名ゼリフ。

Shall sleep no more; Macbeth shall sleep no more.
(もう眠れない。マクベスはもう眠れはしない)

「Macbeth」は日本語では「マクベス」と平坦な感じで発音しますが、実際には「マクベース」、それも「マクベース」という感じで後ろにイントネーションが入ります。
このMacはマクドナルドとかのMacと同じ、スコットランド人の名前の頭について「son(息子)」を表すもの。マクドナルドは「ドナルドさんの息子」。英語で、「ジョンの息子」がジョンソンになったみたいなもんです。最近、昔のテニスプレーヤーのマッケンローも「McEnroe」で、Mac(の省略形)がついていたのだということに気が付いてビックリ。

さて、話を「弱強5歩格」に戻します。
強を赤、弱を青にして(まあフィーリングです)上のセリフをもう一度表記。

Shall sleep no more; Macbeth shall sleep no more.

きれいに「弱強5歩格」になっていて、口にするとなかなか気持ちがいいです。
こんな感じで大体のセリフが書かれています。
マクベスが幻覚の短剣を見るシーン(「おお、短剣が見える」とか「この手につかませてくれ」「つかめない、幻影なのか?」などなど)では(強:赤のみ明示)

Is this a dagger which I see before me,
The handle toward my hand? Come, let me clutch thee.
I have thee not, and yet I see thee still
Art thou not, fatal vision, sensible
To feeling as to sight? or art thou but
A dagger of the mind, a false creation,


(thee→「you(目的格)」 thou→「you(主格)」の古い形。発音は「ジー」「ザウ」のように濁る。thをカタカナで書くのは邪道だがっ
*最後が「弱」で終わる行があります(青で表記)が、それについては後述。

さて、シェイクスピアはこうして意図的にリズムを作ってある言葉なので、「音として」まず気持ちがいい、シェイクスピアの戯曲の大きな特徴です。それゆえに人の記憶に残りやすく、今でも引用に使われたりするのでしょう。

ロミオとジュリエットの「ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの」は
O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?

で、これ数えてくと、「弱強5歩格」の最後にひとつ弱い音が余りますね。で、この「最後に弱い音が何故か余る」手法にも実は名前があって、「フェミニンエンディング(弱い語尾)」と言います。
これはマクベスの中でも、マクベスが不安に襲われた独白のシーンなどでも使われた手法で、普段と違って最後を弱い音で引くことで不安感などを演出したのではないかと言われているのです。(私はこれ、日本語で言うなら破調とか、意識的な字余りに近いのではないかと思っていますが…)
つまり、上の「俺の目の前にあるのは短剣か?」の最初の2行(や最後の一行)の独白がフェミニンエンディングなのは、マクベスの心の不安を表しているためです。
ちなみにこの行も、「弱→弱→強→強」と解釈して、マクベスの錯乱ぶりを表しているという説もあるようです。(下記)
Art thou not, fatal vision, sensible

Shall sleep no more; Macbeth shall sleep no more.
とか
O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
とか、口に出してリズム取ってみると、非常に抑揚のいい言葉であるのがわかります。
シェイクスピアは「声に出して読みたい英語」だったんだなー、と。

さらにシェイクスピアの作品では多くの「韻」が駆使されており、この韻は現代英語を読む上でも大事な要素なのですが、長くなったのでそれは次の記事。

英語覚え書き。
今回はミステリ絡みのネタで…と思ったらふたつしか思いつかなかったんだぜ。修業が足りません。


downtown
「下町」のことですが、ミステリで使われると「警察署」をさすスラングでもある。
"I'll take you to the downtown." とか "Let's go to the downtown." なんかで「ちょっと署まで来てもらおうか」って感じです。

do the time
くだけた言い回しで「服役する」。timeは懲役のこと。
"I've done the time!" とか前科者が言ってたら、「お勤めはちゃんとすませたぜ!」みたいなニュアンスだと思われ。
"Do you know he did the time?" (あいつが前科者だって知ってたか?)とかにも活用されます。


「downtown」なんかは知らないと右から左に流しがちですが、気がついてみるとたまに出てるスラングです。
この間見たテレビドラマで「彼はダウンタウンに行ったわ」ってそのままの字幕がついとりました。スラングは難しい。

Wild & Wicked Cowboysというブログで、J.L.Langleyが「Who's your Daddy?」というポストを書いてます。
前半は彼女の「His Convenient Husband」の抜粋なんですが、大事なのは、このAJという若者が頭に来てまくしたてるシーンで父親にたしなめられると “But, Daddy―” と父親に理解を求めようとするラストのセリフ。
これについて作者のLangleyが解説してます。

まず、このセリフひとつで、AJが、頭にきてる時ですら父親に対して自分を説明しようとする、父親を尊敬している男であること、父親の意見が彼にとって大事であること。
そしてAJが南部の男でありカウボーイであること、などがわかるのだと。

作者のLangley自身も南部の生まれ育ちのようなんですが、そのあたりでは父親を"Daddy"と呼ぶことは普通なんだそうです。北部の子供たちが7歳前後で"Daddy"という呼び名から卒業するのに対して、南部では大部分が最後まで"Daddy"を使いつづける。
だからウェスタンもの、カウボーイものを読む時は、そうした呼びかけに注意してみると、登場人物が古く南部に根ざした人間で、父親に対して尊敬の念を抱いているのかどうかとかが、"Daddy"からわかる(ことがある)と。

そう言えば普通見るのは"dad"とかですねえ。daddyはたしかに子供っぽい気がするけど、南部ではそうじゃないってことみたい。

これを呼んでいて思い出したのですが、ディック・フランシスの小説を日本語で読んだ時に、シリーズのどれだったかで登場人物が母親のことを「マザー」と呼ぶシーンがあります。それを見ていた主人公が、子供のころ父親に「マザーとだけは呼ぶな」と教えられたことを思い出す。ママ、マミー、くそばばあ、何と呼んでもいいがマザーはだめだ、と父は言っていた。マザーと言うのは支配的な呼びかけであるからだ、と。
実際、その「マザー」と呼ぶ女性と、母親との間はぎすぎすしていて、支配的な娘とそれを愛しながら悲しい思いをしている母、という親子関係でした。
あれも呼びかけがそのキャラクター、そして人間関係を象徴しているシーンだった。舞台はイギリスだったけど。

で、昨日は「Chasing Smoke」を呼んでいたのですが、そこでもDannyが自分の母親について"Motherが" と言及するシーンがあって、それを聞いた昔なじみのTreyが「この家はいつもそうやってお互いに礼儀正しい距離を保っているが、人間同士のふれあいには薄い家庭だった」とか何とかそんなようなことを思い返すのです。
やっぱり「マザー」は冷たく、形式張った言い方で、あまり親しみがないらしい。
日本語でも態度や言葉遣いから「お里が知れる」みたいなことをいいますが、呼びかけひとつにキャラクターの色々なものが凝縮されてるんだろうなあ。

余談ですが、このポストのタイトルの"Who's your Daddy?" というのは直訳すると「お前の親父は誰だ」という意味ですけど、裏の意味があることがあって、「自分を何様だと思ってるんだ?」という意味のセリフになります。意訳すると「つけあがるなよ」ってなひびきがあることも。
2004年のメジャーリーグのポストシーズン(日本シリーズみたいなもん)の時、ヤンキース対レッドソックスの試合では「Who's your daddy?」というプラカードやらかけ声やらが球場にあふれ返ってて凄かった。この時のターゲットはペドロ・マルティネスというレッドソックスのピッチャーで(かなり強気で大口をたたくことで有名、そしてまたこの頃のペドロは嫌になるほどヤンキースに強かった…)、この人がその前の記者会見で「今回は負けたよ。帽子を脱いで、ヤンキースを俺の"daddy"と呼んでやるさ」と言ったものだから、それ以来ペドロ対ヤンキースの試合ではヤンキースファンが "Who's your daddy?" と大声ではやしたてるようになったのでした。球場中が割れるようだった。この時は松井がヤンキースに在籍していたので、見ていた人も結構いるんじゃないでしょうか。
"Who's your daddy? It's me!" とかの馬鹿プラカードも見たなあ。
その後も、ペドロに"Who's your daddy" はついて回って、メッツに移籍した後もヤンキース戦でははやしたてられてた記憶があります。ニューヨーカーにとっては"Daddy"は南部とはちがうひびきを持つんだろうし、Daddyなんて父親を呼ぶこともあまりないんだろうし、そういうこともあの"Who's your daddy?"の大合唱と関係あるのかなあ。
凄かったんですよ、ほんと…

ちょっとご無沙汰になってしまいました。
たてこんでいたこともあるんですが、新作よりも読み返しにハマっていたりして、色々読み返しました。やっぱ好きな「Cover Me」とか「All She Wrote」とか「A Matter of Time」とか「Rain」とか。読み返しも楽しいな!
英国海軍シリーズの新作が出てるので(…去年だけど)読む前に前のを読み直ししたいし。
3月にはJ.L.LangleyのWith or Withoutシリーズの新作が出るので楽しみっす。
レビュー書くものも溜まってるんだけどね! ぼちぼちです。ちょっとお待ちを~。

さて、こんな本も読みました。

英語の発想
安西 徹雄

タイトルの通り、英語と日本語の「発想」の差を解説したもので、対訳を並べながらどうやれば自然な日本語になるかの解説をした本です。
しかしただの英訳教習の本ではなくて、「何故そうなるのか」「どういう発想の転換が必要なのか」について細かく体系づけられているのが凄い。

普段、洋書を読む時に頭の中で日本語訳を作ることはありませんが(込み入ってる文章はやりますが…)、この本は「訳すため」ではなく「英語の意味を受け取るため」の解釈方法を書いてあるので、英文読解にすごく役立つと思う。
英文を訳したものだけでなく、日本の小説を海外で訳されたものを例に示しているのも「こんなふうに訳すんだ」という驚きがあって楽しかった。

特に、英語が「もの」に集約していく傾向があるのに対し、日本語は「こと」に集約されているとか、英語は主語と述語が対応関係にあるけれども、日本語は述語こそがすべてで、主語や目的語は述語の中から随時取り出されて示されているにすぎないとか、そのへんは目からウロコでした。
たとえば、

A slight slip of the doctor's hand meant instant death for the patient.


という例文は、「医者の手のわずかなすべり(slip)」が「患者の死(death for the patient)」を意味している、という文章で、「名詞→名詞」という構成になっています。色々な表現を「もの」として名詞化するのが英語の癖。
この例文に対する日本語の自然な訳として

医者の手がほんのわずかに滑っても、患者はたちどころに死んでいたであろう


という訳例が示されています。
「手のすべり」や「患者の死」と名詞のまま(「もの」として)訳すのではなく、「滑っても」とか「死んでいたであろう」のように「こと」として解釈した方が日本語としては自然な形になりやすい。
というのがざっくりまとめた「もの」「こと」話です。

英語と比較するために、日本語という言語の構成についても詳細に分析されていて、そこのところも大変おもしろかったです。こういうのは、日本語だけや英語だけを論じるより、対比して論じた方がわかりやすいですね。日本語に興味のある人にもすごく役立つ本だと思います。
英語論も含め、すべてが理解できたとは言えませんが、非常に得るところがあった一冊でした。小説読みながら何となく感じていたものを、言葉にして明確に示される爽快さもあったし。
今は同じ著者の「英文翻訳術」を読んでいますが、この2冊は「英語の発想」から読んでいった方がいいと思う。おすすめ。

どっちも30年以上前に刊行されたもので、それがまた凄い…

★Three-Star rating system★


[カテゴリ]View ALL
レビュー (314)
★★★ (90)
★★ (190)
★ (34)
モノクローム・ロマンス (10)
電子ブックリーダー (23)
iPodTouch・Stanza (19)
nook (4)
雑談 (84)
英語 (29)
文法 (4)
読書日記 (11)
…このブログについて (9)
…書店情報 (2)
[タグリスト]

09 | 2017/10 [GO]| 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリ一覧 最近の記事一覧 プロフィール リンク一覧 メールを送る
[カテゴリ]


モノクロームロマンス(M/M翻訳)


■公式サイト■

・2017年
・後半 王子二巻
・12月 アドリアンXmas

・ほかにも出るかも
・王子とか何か売れてくれ〜(色々軽くピンチ)
・来年はもふもふやるよ!

*発行済*
・フェア・ゲーム
・フェア・プレイ
・ドント・ルック・バック
・恋のしっぽをつかまえて
・狼を狩る法則
・狼の遠き目覚め
・狼の見る夢は
・天使の影(アドリアン・イングリッシュ1)
・死者の囁き(アドリアン2)
・悪魔の聖餐(アドリアン3)
・海賊王の死(アドリアン4)
・瞑き流れ(アドリアン5)
・幽霊狩り(ヘルハイ1)
・不在の痕(ヘルハイ2)
・還流
・夜が明けるなら(ヘルハイ3)

*他訳者さん*
・わが愛しのホームズ
・ロング・ゲイン
・恋人までのA to Z
・マイ・ディア・マスター