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Slash(m/m小説) レビューブログ

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[タグ]キーワード:トラウマ の記事一覧

St. Nacho's
Z. A. Maxfield
StNachos★★ summary:
Cooperは故郷から逃げ出してからこの3年、バイクで町から町へと渡り歩きながらほとんど路上で眠るような生活をしていた。時おりレストランの厨房などで働き、バイオリンを引いてチップを稼いだが、少しでも居心地がよくなるとそこからまた逃げ出す。
人と話したり、必要以上に関ったりする気はなかった。いや出来なかった。もはや彼の知る人の「言葉」は音楽だけだったからだ。

St.Nacho'sという海辺の店に転がりこんだ今度も、長く滞在するつもりはなかった。
その店では耳の聞こえないShawnという美しい若者が働いていた。彼にはCooperの音楽は聞こえない。
だがどうやってか、ShawnはCooperの中にある言葉を誰よりもよく理解するようだった。

過去と向き合うことができないまま、セックスだけの関りですべてを終わらせようとするCooperを、Shawnは時に乱暴なほどの情熱で殻から引きずり出す。そして静かな海辺の店で、Cooperは自分の中にある恐れ、罪、いつも背を追ってきた混沌とゆっくりと向き合いはじめるが、過去はやがて現実の形をとって…
.....


「何かから回復する」というのはスラにはよく見られるテーマで、それは肉体的な怪我や病気だったり、精神的なダメージだったりしますが、この話もそのひとつです。
Cooperを追っているのは過去の破滅的な生活と、その時に体にこびりついた泥のような記憶で、それから逃げつづけた彼はただこの先も逃げることだけを考えている。
ジュリアード音楽院でバイオリンを学び、もっとも若い第一バイオリン兼コンサートマスターとして未来を嘱望されていた彼は、アルコールやパーティに溺れ、車の事故をおこして、すべての未来を失っています。友人は彼のせいで刑務所へ行った。親は彼を家から追い出した。
それでも音楽だけは彼の最後の「言葉」として、世界と彼を結びつける。

Shawnは耳が聞こえません。唇を読むことはできるけれども、完全ではない。天使のようにきれいな顔をしている22歳の若者ですが、結構激しい面もあって、6歳上のCooperに対しても何の遠慮もありません。(セックスはTop、かつちょっとdirtyらしい…)
彼に惹かれたCooperは関係を持ってしまうが、それを深めたくはない。Cooperが求めているのはただのセックスであって、人との関りではない。だがShawnはCooperを離そうとしないし、Cooperの内側が痛みと混乱に満ちていることがわかってからも目をそらそうとせず、その視線につられるようにCooperもやっと自分のことを見つめるようになっていく。
その日々と変化がCooperの、淡々とした一人称で語られていきます。

Shawnに音楽が聞こえないことをわかっていて、ある時、Cooperは演奏している間バイオリンにさわらせてやる。振動をShawnが感じられるだろうと思って。
音楽はCooperにとって「最後に残された人としての言葉」で、しかしそれが誰かにつたわることを彼は期待していなかった。ましてやShawnには。だがShawnがどうやってか彼の「言葉」を正しく聞きとったことを感じ、その瞬間、はげしく動揺したCooperは演奏を乱してしまう。
これはとても美しく、痛みに満ちたシーンだと思う。音楽を自分の言葉としながらも、それが人につたわるとそこから逃げ出そうとするCooper。…まあ、もちろんShawnは彼が逃げることをゆるさないわけですが。

全体に筆致は淡々としています。痛々しくはありますが、必要以上にドラマティックに盛り上げる感じはない。文学的と言ってもいいような雰囲気もあるような。
会話文が少なく、Cooperの一人称も長いセンテンスが多い上に全体の話も長いので、多少長文読むのに慣れた人向けかと。(あとメール文などがぽつぽつ文中に入ってるので、斜体を反映しないStanzaで読むにも慣れがいる)
「うちは全部18禁だから」と言いきるLooseIDから出ているものにしては、びっくりするほどエロ描写少なめだ。
特にエロ以外の部分重視の人、繊細な話が好きな人におすすめ。

★バイオリニスト/耳の聞こえない恋人
★トラウマ・恐怖症

Here Be Dragons
T.A. Chase
HereBeDragons★★★ summary:
アイルランドで爬虫類の研究をしているKael Hammersonには、暴力的な恋人から逃げ出してきた過去があった。その経験は彼の中に深いトラウマとなり、今でもフラッシュバックに苦しめられている。
Kealの上司のHugh Priceは、この物静かで知性的な部下に強い興味を持っていたが、部下と関係を持つことが利口には思えずに一歩距離をあけたままでいた。

だが海に奇妙な生き物が現れはじめ、KealとHughはともにその調査にあたることになる。
巨大な海蛇か何かと思われたそれは、船舶を襲い、毒を吐く。KealとHughは目撃証言のある海域を調査中、その生き物に襲われたが、あやういところで難をのがれた。

Kealは夢の中で奇妙な世界に入りこんでしまい、大地の女神ガイアとエルフのモルドレッド、竜殺しのセント・ジョージ(聖ゲオルギウス)によって、あの「蛇」がドラゴンであること、ガイアたちの世界から人間の世界へ魔法の生き物たちを送りこんでいる勢力があることを知らされる。かつて2つの世界を隔てた幕を、引き裂こうとする者たちがいる。
ガイアたちは人間の世界にじかに力を及ぼすことはできない。Kealたちは自分の力でドラゴンを、そして続々と現れはじめる神秘の生き物たちをとめなければならない。だがKealは「異質だから」というだけの理由で神話の生き物たちが迫害されていくことには耐えられなかった。

一方でHughとの関係は急速に深まっていく。だがささいな瞬間がKealにフラッシュバックを呼びおこす。自分がいつかそれをのりこえられる日がくるのかどうかKealにはわからなかった。それまで待ってくれとHughに言うのがフェアなことかどうかも。
またKealには、ほかにも人に言うことのできない秘密があった…
.....



T.A.Chaseの現代ファンタジー。続編(完結編…だと思う)の「Dreaming of Dragons」も先日出ました。
この一作目は、KealとHughのカップルを中心に進んでいきます。

Kealは前の恋人からひどい暴力を受け、支配され、命もあぶないような状態からやっとのことでアイルランドへ逃げてきた。他人とまだ深い関係を持つ心構えができていませんが、Hughに磁力のように引きつけられていく。
Hughはとてもいい男で、Kealの事情を知って互いの関係をゆっくりとすすめていこうとするけれども、時おりKealのフラッシュバックはHughに対して向けられてしまう。Hughが何かをしたからではなく、昔の恋人と同じ位置に立ったからとか、同じ台詞を(ちがう意図でも)口にしたからとか。
その馬鹿馬鹿しさをわかっていても、Kealは反射的にフラッシュバックをおこすのをやめられない。

Kealがフラッシュバックをのりこえるには、時間の経過だけでなく、自分に対する確信を取り戻す必要がある。
Hughはそれをわかっていて、それを手伝いたいと思う。ただ真綿にくるむように守ってやりたいが、それだけでは何も解決しない。常に一歩引き、Kealに自分で立ち上がるチャンスと、自由な空間を与える。
自分を受けとめてくれるHughに対してKealは幸せと後ろめたさ、自分自身へのコンプレックスを同時に感じながら、壊れる前の自分自身を取り戻そうともがきます。
2人ともとても優しく、魅力にあふれた人間で、読んでいるとKealを応援したくなります。傷を負い、後ろ向きになることもあるが、彼はしなやかで強い男です。

その一方、彼らはドラゴンとも戦わなければならない。Kealが好むと好まないとにかかわらず、ドラゴンはこの世界に害を為し、この凶暴で強大な生き物を放置しておくことはできないのだった。
だがどうやれば、人がドラゴンを殺せるのだろう?

私はこれがはじめて読んだT.A.Chaseの本で、ドラゴンだ!とタイトルだけ見て買ったら現代ものだったので、ちょっと騙された感を持ちつつ(自分が悪いんだけど)読んでみたらすっごくおもしろかったのでした。
以来T.A.のファンですが、彼の魅力はある程度「王道」を抑えながら、その先にひろがりのある世界を描き出すところではないかと思います。豊かな情感を持つキャラクター、孤独や愛情、融和といった強烈なテーマ、わかりやすいが陳腐ではないストーリー。世界とキャラクターの中に、読む者を引きずりこむ力を持っている作家です。
その魅力が存分に味わえるシリーズです。話としては荒唐無稽なようですが、キャラクターの感情の動きがしっかりと書かれているので、現実味がないという感じはあまりなく、現代ファンタジーとしても充分に楽しめると思います。
傲慢で美しく、気まぐれで勝手なモルドレッドがまた可愛い…
KealとHugh、モルドレッドとセント・ジョージ、この2つのカプの入り組み方もなかなかエロいところがあって、味わい深い。

★竜
★トラウマ(DV)

Physical Therapy
Z. A. Maxfield
Physical Therapy★★★ summary:
Jordan Jensenはリハビリを終了して、新たな出発をするために St. Nacho'sの町へと引っ越した。無二の友人Cooperが恋人と暮らす町へ。
だが St. Nacho'sへ来たのは、そこに友人がいるからだけではない。Cooperが、3年の放浪の末ついに足をとめ、彼の中の痛みを癒やした場所。その町に興味があった。

JordanとCooperは、かつてともに酒とパーティに溺れて未来を失い、酔ったJordanが運転していた車が子供を轢き殺して、彼らはどちらも想像だにしていなかった人生の深みへと転落した。
Jordanは刑務所へ行き、同乗していたCooperはどん底の人生のうちに路上生活者となり、やがてSt. Nacho'sへとたどりついた。
そしてそこで、Cooperは自分の人生を手に入れたのだ。
友人が St. Nacho'sで何を見たのか。Jordanはそれが知りたかった。

町のスポーツジムに職を得たJordanは、最初の日にKen Ashtonに会う。Kenには、Jordanを憎む理由はあれど、好く理由はなかった。Kenの野球人生は酒酔い運転のドライバーの事故に巻き込まれて破滅し、その事故で友人を失い、彼自身、昏睡から覚めた今も自由に歩くことすらままならない。
だがKenは、Jordanのマッサージに癒やされる。Jordanにふれられていると、事故からはじめて、自分が生きていると感じる。

KenはJordanに惹かれ、Jordanはそれを恐れる。彼もまたKenに強く惹かれていたが、2人が関ることがいい考えだとは思えなかった。刑罰としては償ったとは言え、今でもJordanにあの罪がのしかかる。
誰が許しても、誰が忘れても、Jordanだけは許すわけにも忘れるわけにもいかなかった。あの子供。あの一瞬、世界が砕けちったあの瞬間を。
.....



St. Nacho's 2。
前作の「St.Nacho's」ではCooperが主人公で、彼が絶望の中でバイオリンを背負ってSt. Nacho'sにたどりつき、恋人Shawnの力を借りて人生と向き合うまでが語られました。
その中でも出てきていた、Cooperの友人であり、恋人であった男、そして共犯者とも呼ぶべき存在のJordanが今回の主人公です。

前作では、Jordanの内面が今ひとつ見えてこないところがあって、それが後半部分をちょっと弱めていたと思うのですが、今回のこの「Physical Therapy」でJordanはとても魅力的な顔を見せます。シャイで優しい。だからこそ苦しい。
痛み、絶望、罪悪感。「St. Nacho's」でCooperに責任を転嫁しようとしていたJordanはもういない。彼は再度のリハビリを経て、自分自身を立て直すすべを覚えた。それは、他人を癒やすこと。だからマッサージを覚え、St. Nacho'sへとやってくる。

一方のKenは、自分の人生が事故によって奪われた苦しみと怒りをかかえています。世界は彼の周囲でとざされてしまったかのようです。だが、彼はJordanのぬくもりを感じ、Jordanの中にある優しさ、彼からつたわってくる光へとすがりつく。
Jordanは彼を癒やしてあげたいと思うけれども、KenがJordanに向ける思いをどうしていいのかはわからない。彼は他人に与えることはできても、他人から何かを受けとることはできない。まだJordanの中には、罪や闇がこびりついたままなのです。
癒やしが必要なのは、KenだけではなくJordanの方でもある。それが、繊細な語り口からゆっくりと見えてきます。やがてKenもそれに気付く。
そこまでの、ひとつひとつ言葉や仕種を積み重ねていくような、独特の描写が味わい深い。

Jordanが他人を癒やすことで自分を立て直そうとしたように、KenもJordanを癒やすことで自分自身をも癒やしているのだと思います。彼らはどちらも苦しみ、1人では出口へたどりつけない。
でもSt. Nacho'sは癒やしの場所。奇跡のおこる場所です。
奇跡にたどりつくまでが大変だけども…

前作の主役、Cooperと恋人Shawnが元気そうにしているのも嬉しい。Shawnは相変わらずかわいいなあ~。耳がきこえないんですけれども、そのためかどうか、ダイレクトに真実を見抜き、真実を恐れない勇ましさがあります。周囲の会話をCooperが何気なくShawnに手話でつたえている様子も、2人の調和が感じられて美しいです。
あそこには希望があって、それを求めてJordanはSt. Nacho'sに来たのだろうと思う。

こうしてJordanの内面をのぞいてから前作を読み返すと、CooperとJordanの2人の友人同士がたどってきた人生や痛みが鮮やかに見えてきて、数倍楽しめます。
私はシリーズ前作は★2つをつけたのですが、2冊セットで考えると、迷わず★3つをつけますね。
しかしこれを読んでから前作を読み返しましたが、以前に手こずったこの作家の文章が、結構あっさり読めるようになっていました。
あれから50冊くらい読んだからなー。さすがにちょっとは進歩してるか。やっぱり萌えは強い。

繊細で美しい、静かな癒やしと調和の物語です。
ストーリー重視、エロ以外の部分重視の人におすすめ。「St. Nacho's」と2冊セットでね!

★贖罪
★リハビリ

Saving Noah
Carol Lynne and Cash Cole
Saving Noah★★ summary:
カンザス州の小さな町Schicksalにある叔母の家をDexter Krispinが訪れたのは、つきまとってくる元恋人から離れて、博士論文を仕上げるためだった。

Noah Stoffelは、その町の小さな牧場でずっと家族だけで暮らしてきた。父の死後、1度は大学へ進学したが、結局戻ってきて今は病気の母親の面倒を見ながら、町の色々な雑用を片付けてどうにか食べている。
Noahは自分がゲイであることを隠してきた。保守的で頑固な母親は決して彼を認めないだろう。それでなくとも父が死んでからの母親は気難しく、食事もろくに取らず、医者にかかることも拒否して、1日中ベッドで寝ている。
彼女の世話をし、牧場の動物に餌を食わせ、町に出て小さな仕事を片付ける。その繰り返しがNoahの日常、Noahの毎日だった。
Dexterに出会うまで。

DexterとNoahは互いに惹かれる。Dexterがいずれ彼の生まれ育った都会に戻ることをNoahは知っていたが、だからといって自分の気持ちをとめることもできなかった。
そして物静かなNoahにDexterは強い興味を持ち、彼を殻からひっぱり出そうとする。

だが、何かがおかしかった。Noahとともにすごす時間は楽しい。それなのに何かが理屈にあわない。
Dexterは周囲の人々の奇妙な反応に気付いていく。
Noahの墓場への恐怖、拒否、母親への極端な傾倒。その奥にあるものが明るみに出るまでに、それほど時間はかからず…
.....



よく働くが奥手で優しいNoahと都会からやってきた青年Dexterのほのぼのラブストーリーかと思いつつ、タイトルの「Saving Noah」の「Save」の部分もきっとほのぼのな展開だと踏んでいたら、足を大きく踏みはずしました。
ちょっと怖いです。いい話なんですが。
Carol Lynneは「Cattle Valley」というカウボーイタウン(しかもゲイの集まる町)のロングシリーズを持っている人気作家で、とてもハートウォーミング系の作家なので、これはほんとに予期していなかった。

キャラはなかなか愛らしくて、Noahは特にかわいいと思う。いじらしいというか、繊細で、両親を愛していて、毎日をどうにか暮らしていくことに少し疲れてもいる。
そんな彼にとって、Dexterとの出会いは一瞬の、滅多にない楽しみですが、それが自分が思ったより深いものであるかもしれないと気付いて、彼は怯えます。

DexterはNoahの人生に色々なことが欠けているのを見て、胸を痛めます。一晩家を離れて遊ぶこと、楽しみのために買い物をすること、それだけのことすらNoahには難しい。
Noahの中にある傷つきやすさをDexterは愛しいと思い、一晩のデートでとにかく彼を甘やかす。守ってやりたいと思う。
DexterとNoahの関係はあまり日にちもなく恋に落ちていく感じですが、感情表現が丁寧なので違和感はない。Noahって実際、なかなかに「守ってやりたい」タイプです。彼のキャラクターがよく書けているので、後半の展開にも違和感なく引きこまれます。

前半のちょっと緊張しつつもほのぼの展開が、途中でぐっとひねられ、後半でいきなり状況が一気に裏返る。色んな伏線がぱっとひとつになる、そのへんがなかなかうまい。
心理をこまごまと掘り下げるというよりは、話の展開として非常にうまく使っているので、内容のわりには重く読ませない、そのあたりもうまいと思います。

タイトル通り、Noahは本当に「救い」を必要としていますが、彼自身にはそれが見えていません。
Dexterでなければ彼を救うことができない。町の外から来た男。彼でなければ、Noahをそこから出してあげることはできないのです。まあ町の人もいい人たちなんだけどね。
余談だけど、「小さいコミュニティ」のよさと怖さも同時に出ていると思う。

守ってやりたい受けが好きな人(まあリバなんだけど)、展開にひねりのある話が読みたい人におすすめ。

★謎解き
★救済

Paul's Dream
Rowan McBride
Paul's Dream★★ summary:
Paul Grahamの人生はくっきりとして、シンプルであった。弁護士として働きながら、さらなるキャリアを目指す。
誰とも深い関係を結んだことがなかったが、興味もなく、彼は自分の今の人生に満足していた。

淫魔のKianは魔道士にとらえられ、下僕となっていたが、ある時その牢獄を1人の人間が訪れる。
人間はあっさりとKianの鎖を解き、彼を解放して、消えた。
自由になったKianはその男を探し、人間界へと入りこむ。あの男はとてつもなく強力なDream walkerだ。なのに自分が夢の中を歩いているということすらわかっていないようだった。

Paulは、いきなり目の前に現れた美しい男にとまどう。Kianを救った覚えなど、彼にはない。
一方のKianは、Paulが彼になびこうとしないことに仰天する。人間はインキュバスの力には抗えない。だがPaulは、Kianの魅力にまるで気付きもしない様子だった。
──KianがPaulにふれるまでは。

Kianの情熱はPaulの心の壁を押し崩し、情熱に火をつける。
Paulは人生の新たな面を味わっていた。喜び、欲望、そして幸福。そして彼の炎は、Kianにもそれまで知らなかった充足を与える。
だが、Paulの奥に秘められた謎も、忘れられた夢も、彼らを放っておいてはくれなかった。
.....



現代ファンタジーというか、舞台は現代で、夢と魔法をテーマにした話。
その中でもちょっと変わっていて、夢をどう解くかがポイントです。
あとはインキュバスと人間の甘エロな関係が、じつに濃くて楽しい。

Paulは覚えていないけれども、彼は眠っている間、人の夢の中で色々な謎を解きながら生きている。他人の謎を解き、その問題を解決するのが彼の人生です。
たとえば、そんな夢のひとつで、Kianを解放したように。

Kianはただ、自分を解放してくれた人間に一時の快楽を与えようとしてPaulに近づくけれども、予期せず恋に落ちていく。
インキュバスは恋をしない。する筈がない。そういう生き物ではない。
ならこの気持ちは何だろう?と、彼は彼なりに考えこむ。
一瞬の快楽を求めながらとんでもないほど長い時間を生きてきたくせに、意外と純情なインキュバスです。

うわべは冷ややかで、何にも心を動かすことのないPaulの壁をKianの情熱が溶かして、ラブラブになっていく様子がかわいい。その絆はPaulの人生に光を当て、その光でPaulははじめて自分のことを見ます。欠けた記憶。欠けた夢。そしてなおもPaulの中にある、凍りついた壁。
Paulの中には大きく欠けた部分があって、それを見つけ出していくのが物語のひとつの核となっています。Paulは人の謎を解くけれども、Paul自身の謎はこれまで手付かずだった。

全体にドラマティックで、魔力の存在とストーリーがうまく絡み合っています。
Kianは恋に落ちて幸せだけれども、一方でPaulの存在は彼の弱みとなる。Paulにも、恋はそれまで知らなかった苦しみや痛みを味わわせます。Kianの姿を見失うたびに、彼は苦しむ。
恋は幸福なことばかりではない。それでも2人でいることには深い喜びがあって、そのためなら弱さも痛みもその価値がある。
Paulの心の謎を解くことは、彼を殺しかねないけれども、Kianのために彼はそれを乗り越えなければならないのです。

シリーズ化するみたいな感じですね。
エロありドラマあり魔法ありで、キャラも一風ユニークですがしっかりと強い輪郭を持って書かれています。ニューヨークの守護者、天才魔道士Asherの話が読みたいな。
ちょっと変わった話が読みたいとか、人間にめろめろのインキュバスに萌え!という人におすすめ。

★謎解き
★現代ファンタジー

Thirty Days
Shayla Kersten
Thirty Days★★ summary:
Biton Savakisはニューヨークに住む42歳の裕福な弁護士である。
だが彼の人生は今や危機に瀕していた。10年にわたって彼のそばにいたErikを、3ヶ月前に癌で失ったのだ。
ErikはBitonの恋人であり、そして何よりも、従順で愛しい奴隷であった。

根っからのDom(主人)であるBitonは、それ以来喪失と、飢えにさいなまれていた。
誰かを支配したい欲望はあるが、クラブで誰を見てもそういう気持ちにはなれなかった。
そんな彼を見かねた友人が、傷ついて途方に暮れているSub(奴隷)を彼に紹介する。
迷い、自分ではどうすることもできないまま主人を求める奴隷、Cavan。Bitonは彼を30日間の契約で引き受けた。
それは喪失から気をそらす助けになるだろうし、もしかしたらまたBDSMの世界へ戻る足がかりになるかもしれない。

だがCavanはただのBDSMの奴隷ではなかった。
彼は、養子制度の隙間からこぼれおちて人身売買のシステムの中で売り飛ばされてきた、犯罪被害者であったのだ。
痛みと恐怖しか知らず、闇雲に主人に従うことしか知らない彼を、Bitonはその闇から救い出せるだろうか。
.....



10年以上のパートナー兼奴隷を癌で失ったDomと、現代式奴隷制の被害者でトラウマ持ちの奴隷の、30日の物語。

Cavanは里親の間をたらい回しにされる間、いつのまにか「奴隷」として訓練されて売られる存在になっていました。
彼はほかの生き方を知らず、支配するだけのマスターしか知らず、奴隷としての自分しか知りません。

Bitonも「マスター」であるけれども、彼とかつての「奴隷」のEricの間にあったものは豊かで深い、人間的なつながりです。支配することで愛情を示す者、支配を受け入れることで自分自身を解放し、完全に相手にゆだねる者。奴隷は主人を信頼し、主人は奴隷を支配しながら守り、彼らは対となる。
Cavanはそんな関係を知らない。ただ支配されることしか知らない彼は、ほかに生きる術を知らないから「主人」をほしがるだけで、その生き方は彼の選んだものではない。
BitonはそんなCavanをどうするべきかわからないけれども、もちろん、Cavanを見捨てることもできません。Bitonは犯罪を告発し、犯人をとらえる手助けをし、Cavanをカウンセラーに見せる。

彼らは2人とも迷っています。Bitonは愛するEricを失って人生の意義すら見失っているし、Cavanには何もかも理解しがたいことばかり。
わりとさっさとエロい関係になるのですが、それが解決にならないことは明らかです。セックスはその瞬間の迷いを吹きとばして体を満足させるけれども、何ひとつ変えることができない。
Cavanは迷える奴隷のままで、Bitonはそんな彼を支配の対象にはできない。Cavanが心底望まなければ、彼はBitonの「本当」の奴隷にはなれない。そして奴隷になれない相手を、Bitonはそばに置きつづけてはいられません。
どうしたらいいのかととまどい、もがく、両方の気持ちがよく書かれていると思います。

痛々しい奴隷と困りきった主人の話ですが、ちゃんと犯罪捜査やカウンセリングなど現実の側面も入ってきて、話にほどよい厚みがあります。
奴隷側からの「支配されたい」欲求を書いた話は多いけれども、主人側からの「支配したい」欲求、その切迫感を書いた話は珍しいので、そのあたりも読みどころ。Cavanにもちゃんと自立の気配が見えてきている、そういうラストも好感が持てます。

トラウマものが好きな人、主人/奴隷関係が好きな人におすすめ。

★BDSM
★人身売買

A Red-Tainted Silence
Carolyn Gray
A Red-Tainted Silence★★★ summary:
Brandon AshwoodはNicholas Kilmainに出会った瞬間のことを忘れられなかった。
青い瞳、黒髪、舞台の上で他を圧するたたずまい、そしてその歌声──
Nicholasと一緒なら、夢見た音楽を作れる。どこまでもいける。そう思った17の時。

だが、彼らにはその時予想もしなかった困難な道が待っていた。
出会い、再会、恋、そして失望と、やっとつかんだ成功。
その裏でBrandonはNicolasを守るためなら何でもした。彼から離れることすら。

10年以上に及ぶ彼の苦しみは、Nicholasの誘拐と拷問という無残な形ではね返る。それでもついにNicholasを取り戻したBrandonは、これですべてが終わったと思っていた。
Nicholasを傷つけ、周囲の人間を傷つけつづけた日々は終わるだろうと。もう一度、彼らはやり直せる。

しかしそれはまだ、すべてのはじまりにすぎなかった。
.....



31歳のBrandonが病院でNicholasの看病をしながら、17の時にNicholasをはじめて見た時の回想をするシーンからはじまります。
彼は、自分がくぐりぬけてきたもの、何故愛していながらNicholasを傷つけたのか語るために、回想録をパソコンで書き始めるのです。

現在と回想の過去が折り重なる形で進むので、最初は「過去のもつれをといて、めでたしめでたし」という話かと思いましたが、もっとずっと複雑でした。Brandonの中には彼自身も押し殺している(と言っても時おりそれが表層に出ているような描写もあるのですが)暗い記憶があって、それは彼を離さず、さりとて彼自身が語る回想の中にもなく、その空白がぽっかりと物語の中に口を開けている。
やがてNicholasも気付く。Brandonがその闇に呑み込まれそうなこと、それに自分で気付いていないことにも。
Brandonが誘拐されたNicholasを救い出したように、今度はNicholasがその闇を探して、Brandonをそこから救い出さなければならない。でもNicholasにはBrandonを苦しめている物が何なのか、そもそも何を探せばいいのかがわからない。

いくつもの現実が折り重なった構成がなかなか見事で、読んでいて驚きました。
最初は彼らの置かれた状況が全然見えてこないのですが、Brandonのつづる過去と同時に、彼らのいる現在が見えてくる。
同時に、10年以上に渡ってBrandonを苦しめつづけていた悪意が、ふたたび彼に襲いかかります。誰がその牙の持ち主なのかわからないまま、2人はもがき、現在の苦しみに過去の苦しみが折り重なるようにつづられていく。
しかしその「過去」もあくまでBrandonによって語られる過去で、そこにちょっとしたトリックというか錯誤があります。あれはうまい。

BrandonもNicholasも繊細な青年で、夢を追いかけながら互いを見つけ、スターダムにまで駆け上がった。
物静かでシャイなBrandonに対してNicholasは活力にあふれ、人々の称賛や注目を必要とする、根っからのスター気質。わがままなところもありますが、飴を欲しがる子供のような純粋さは彼の魅力でもある。
2人は強く惹かれあっているけれども、Brandonは段々とNicholasの影にひきこもるようになり、Nicholasはそれに気付かない。2人の距離は離れていきます。
そんな過去が、Brandonの回想録には痛々しく記されている。その様子が読む側に少しずつ見えてくるもどかしさは、登場人物のもどかしさとシンクロしているようで、ここにも叙述のうまさが光ります。

たまにNicholasには腹が立つけれども、でもいい子なんだよなー。Brandonを自己否定や自己嫌悪から引きずり出せるのは彼の愛の力だけ!というのはよくわかる。あそこはほんとに2人でひとつだ。
2人ともかなりささいなことに悩んだり、怒ったりして、しばしば足元をあやまる。自分の視点にとらわれて、どれほど間違っていてもそこから抜け出せなくなったりする。
そんな愚かさとか、悪循環の怖さなんかもあったりして、とても「人間らしい」2人の様子がくっきりと描き出されている話です。

いくつか設定に甘いところもなくはないし、私の好みとしてはちょっとキャラ泣きすぎ!と思ったりもしましたが、そんな細部はさしおいて、骨太なテーマに貫かれた非常にいい作品だと思います。久々に横っ面を張られたような気分。
21万語とかなり長いですが、最後まで緊張感が持続していて、その分の読みごたえはあります。(一般に長編=Novelで4万語から5万語以上)

心理が繊細に描かれた話が好きな人に特におすすめ。苦しんだり蹂躙される主人公に萌える、という人にもおいしい一冊だったり。
それにしてもいいタイトルだ。

★トラウマ
★自己犠牲

★Three-Star rating system★


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